うつ病 休職 体験談

「鬱」が変えた生活

【うつ病の症状・治療体験談】:「鬱」が変えた生活

プロフィール: うつうつさん、52歳男性、元小学校教師、4年間の休職期間の後早期退職

 

4年ほど前から心の調子がおかしくなり始めました。明日仕事へ行くのが嫌になり、寝るとすぐに朝が来てしまうので、寝るのが嫌になりました。だから夜遅くまで本を読んで過ごし、寝不足の「ぼーっ」とした状態で仕事に行き続けました。

 

小学校の教師をしていたのですが、とにかく突然起こる様々な子供たちのごたごたに対応できなくなり、喧嘩があってもただとめるだけでおしまいというような状態が続きました。

 

家でも家族に些細な事で暴言を吐いたり、妻に手を上げたりすることも起こり始めました。さすがに自分でも「自分はおかしい」と思い、妻と一緒に心療内科を受診することになりました。結局「鬱」と診断され、休職に入りました。カウンセラーの先生に今までの事をすべて話した後、一言「今まで辛かったんですね、一人で頑張ってきたけどしんどかったんですね」と言われた時は、思わず涙がこぼれました。

 

休職に入ったものの体が動くのならば動かしておいた方がいいと言われ、同業の妻と仕事を交換する形で、家事を請け負うようになりました。

 

初めてする買い物や料理などはどこか目新しく、気分転換にはなりました。しかし時には「俺なんて何の役にも立ててない。みんなこと誰だってできる事じゃないか」と落ち込み、部屋にこもって頭を壁にぶつけ続けている日々もありました。

 

また、朝、洗濯物を干している時に聞こえる、出勤する人たちの革靴の音が大嫌いでした。

 

「自分は今から働きに行くんだよ」「あなたはどうして働かないの」「給料ももらえなくなってどうするつもり?」と靴音が言っているように聞こえ、その度に部屋に戻って頭からタオルケットをかぶって過ごすこともありました。

 

自死の未遂も2度ほどしました。掃除機のコードを階段の手すりにかけて、首を吊りました。しかし結局苦しくて途中で自ら辞めてしまいました。医師からもらった睡眠導入座を全部飲んでふらふらになり、赤信号を渡ったこともありました。でも、クラクションと罵声に思わず身をよけてしまっていました。「自死する勇気もないのか」と、それでまた落ち込むネタを作ってしまいました。

 

医師からは「とにかく休養、睡眠」といわれていました。そして家族は何もなかったかのようにいつもと同じようにふるまってくれ、私の作った料理をネタにあれこれ明るく振舞ってくれていたことはとても私にとっては助かりました。

 

しかし、何と言っても「収入が無くなった」という事がいつも心に引っかかっていて、何かというとそれを妻に愚痴っていました。妻も腹を立てたのか、安心させるためなのか我が家の貯金通帳を全部出してきて、「子どもたちの学資保険がこれだけあるから、大学までは何も心配いらない」「今、家にはこれだけのお金がある。借金は一つもない。いざとなればこれでやっていける」と具体的に数字で見せてくれたこともありました。

 

そんなこんなでいつの間にか「妻が外で働き、家の事や子供たちの昼食や弁当・夕食はすべて私がする、ただし一応病人なのだから土・日曜は交代して妻が家事をする」という生活のルールが出来上がってきました。

 

掃除をして洗濯をして・・・とやる事があれば気もまぎれ、あれこれやっているうちに一日もすぎていきます。それに加えて、「自分がイライラするときは自分の気持ちを書くといい。書く事で客観的に自分を見つめ直せる」という事を聞き、日記を書いたり、妻への手紙を書いたりしながら過ごしました。

 

結局、休職が許されている期間の間に「鬱」からは解放されなかったようで、「この状態で子供たちの前には立てないし、また家族や職場に迷惑をかけるし自分もみんな傷つく」と判断し、3月末に早期退職しました。

 

今は完全無職の専業主夫として家で働き、こんな風に文章を書いてお小遣いを少しでも稼ごうと頑張っています。確かに周りとは違う生き方ですが、「こんな生き方があってもいいのではないか」と思えるようにもなりました。カウンセラーの先生に「当たり前のことが当たり前にできるようになる事が大切な事」と言われたことがあります。今自分にできる当たり前のこと、外で働く妻に負担をかけず家のことをきちんとやり通す事、気持ちが揺れないよう落ち着いて暮らす事、それを心がけながら暮らしています。確かに収入は減りました。しかし、収入がなくてもいいか、それとも収入があるが「鬱」の苦しみがいいか、どっちがいいかと聞かれたら、今はお金や「鬱」の苦しみよりも今の生活を望むと思います。

 

余談になりますが、共働きをしていた頃、子どもたちだけで家に居させる時間が長い事がとても気になっていました。子ども達が帰ってきても家は暗いし、「おかえり」を言ってくれる人もいない。そんな生活がずっと気になっていました。でもこうやつて「鬱」になって家で過ごすことが増えたおかげで「いってらつしゃい」「おかえり」を言ってやれる生活になったことで自分の望みが一つ叶ったことになるのかな、と考えています。ただし、娘たちはもう大きくなったので、逆に「うっとおしい」と思っているかもしれませんが・・・。

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