うつ病 休職 体験談

忘れることのできない体験

【うつ病の症状・治療体験談】:忘れることのできない体験

プロフィール: H.Kさん、30代女性、専業主婦、20代の時に2年間休職

 

専門学校を卒業して、すぐの頃の体験です。 卒業して、すぐにあこがれだった幼稚園教諭として、働き始めました。そこで、年長の担任という責任重大な仕事を任され、不安もありましたが、頑張るぞ!っという気持ちでした。 しかし、現実はものすごく大変でした。大量の仕事。これは誰もが経験することなので、家に持ち帰り必死で頑張りました。寝る時間もなく、制作に追われる毎日でした。

 

そして、新年度を迎えました。 新年度を迎えると、もう一クラスの年長の担任の先生から、「あなたはこれをみんなに見せるの?よくこんなのでやって来たわね。」「写真を撮るとき、私の胸見えてたじゃない!何で言わなかったのよ!あなたのせいで取り直しだから!」などと性格を否定されるようなこともいわれ、休日の夜、彼氏の家から帰ろうとしと直後、過呼吸になり、私は「死にたい!死にたい!もう嫌だ!」と叫びながら救急車で運ばれました。 その翌日、父親と母親と精神科に行き、鬱病と診断されました。 薬をもらい、その日から1週間眠り続けたそうです。

 

先生は、「脳を休めないといけないので、たくさん寝かせて下さい。」と言ったそうで、私はトイレとお風呂くらいしか起きることなく、薬のせいもあり、眠り続けました。 1週間たち、復帰できるわけもなく、休職することになりました。 休職中、規則正しい生活をするようにと言われ、発症して2週目から、7時に起き、1週間寝ていたので、散歩を始めました。薬のせいで起きるのが辛く、母は仕事だったので、叔母に起こしてもらう毎日でした。また、体力もかなり落ち、少し歩くだけで息切れ、母と買い物の行くにも、「座って休んでる」という感じが続きました。

 

散歩を続けていたので、体力が少しづつ戻った来たころに、電車で、職場の最寄駅まで行き、慣れる練習をしました。 毎日、朝7時起床、絶対に夜更かしはしない、散歩に必ず行く、この3点を守り日々過ごしていました。 その時、付き合っていた彼氏は、私のことを支えてくれて、休日は遊びに連れていってくれました。しかし、仕事の話をされるのが辛く、会いたくない日が続きました。「私はこんなんで、仕事もできない。」「一体いつまでこんな日々が続くのだろうか。」そんな悩みや不安を考えることが多くなり、「出口が見えない」と思うようになりました。

 

何とか病状が落ち着いてきた頃に、学生の頃アルバイトをしていた所の面接に行きました。「ここなら知っている人いるし、長くアルバイトしていたから。」と思い、面接に行き採用が決まりました。 働いて行くと、待ち受けていたのは、「頼りにしてくれる!」ということでした。幼稚園では、否定され続けた私ですが、長くやっていたアルバイトだったので、みんなが私を頼りにしたくれたのです。

 

そして、私は幼稚園を辞め、元アルバイト先で働くことになりました。 その場所は居心地がよく、私は新しく入って来た人には同じ思いはさせたくなかったので、教え方、言葉使いには気を付けつ指導するようになりました。そして、みるみるうちによくなり、薬も1つだけになりました。 そして、現在結婚して、2児の母です。 私が、学んだことは、決して無理をしないこと、我慢しないことです。

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